2011年9月28日(水)太白区中央市民センター会議室にて開催しました。
課題範囲は、第一部(1章〜4章)でした。
参加者は、10名でした。
終了後は、養老乃瀧長町店にて意見交換会(飲み会)を開催しました。
詳細はまた追って書き込みします。
追記します。(10月16日)
第一部 企業家の時代
第一章 継続の時代の終わり
第二章 新産業の誕生
第三章 方法論としての企業家精神
第四章 経済政策の転換
まず中身に入る前に、本のタイトルにある「断絶」という言葉に対しての違和感から今回の読書会は始まりました。
「断絶」は原文では”Discontinuity”ですので、「不連続」というニュアンスがあります。あえて翻訳では「断絶」と強い言葉で訳しているところに違和感を感じた方がいました。
"Discontinuity"という言葉について、ドラッカーさん自身の説明が、原著の1983年版のまえがき(翻訳版には載っていない)に見られるので、該当部分を訳しながら抜き出してみる。
「”断絶”とは、根底にある社会的、文化的な現実におけるいくつかの大きな変化のことである。」※ここでいくつかの大きな変化とは、日本版まえがきにもあるとおり以下の4つである。1)新技術、新産業の誕生、2)世界経済の変化、3)社会と政治の変化、4)知識の性格の変化
”断絶”とは、地震を引き起こす断層にあたる。地震が起こるまで、見えない所で徐々に進行している。
このように、”断絶”という表現は、日本語でいう「断絶」の厳密な意味ではなく、ドラッカー的な「大きな変化」の意味で用いられているととらえたほうがすんなり読めそうである。そしてその「断絶」を原因として、世の中の様相が一変する。
断絶という言葉の捉え方に関して、参加者の一人からは、次のようなアドバイスもあった。
”断絶”を能動的に起こすものととらえるならば、断絶という強い言葉は、より好ましいものに感じる。過去を断ち切る断絶は、自らを陳腐化していかなければならないということにつながる。大きな変化に追従していくというだけでなく、自ら変化を起こしていく意思を明確にする上でも、能動的に”断絶”をとらえると良いかもしれない。
いずれにしろ、過去からの連続性が絶たれるということは、非常に大きなチャンスがあるということである。
だからこそ、震災後の日本は、戦後と同様に大いにチャンスがある社会となるはずなのである。