2011年10月26日(水)太白区中央市民センター会議室にて開催しました。
課題範囲は、第二部(5章〜6章)でした。
参加者は、9名でした。
終了後は、三福にて意見交換会(飲み会)を開催しました。
第二部 グローバル化の時代
第5章 経済のグルーバル化
第6章 途上国の貧困
まず、この範囲では、”援助”に関する話題で盛り上がった。
P.106より
そもそも援助は、機械でなく問題に注ぎ込まれる。成果の大きな所ではなく、必要の大きなところへ向けられる。したがって依存を生み出す。少なくとも依存を続けさせる。外国援助でも国内援助でも同じである。
非常に厳しい指摘ですが、これを裏付けるようなことはみな経験がある。
今回出てきた例を上げただけでも。。
◯大阪における生活保護と財政の逼迫の問題
「受給者のままでいい」 生活保護4か月連続200万人
◯被災地における補償金でパチンコ屋や飲み屋が繁盛
なんで被災地のパチンコが満員なの?
◯贈与か貸与かー日本のODAと海外のODA
Wikipediaー政府開発援助より抜粋引用
日本のODAは、贈与ではなく、被支援国が返済を要する円借款の比率が高い。これは、日本がODAの被支援国から支援国へと移行していくに際し、贈与を行うだけの財源がなかったことに加え、ハードインフラの整備へ向けた低利融資によって日本の輸出市場を拡大していくという政策目的も背景にあったとされる。また有償の円借款協力は「借りたものは必ず返す」という意味で、日本の援助哲学でもある「自助努力」を促すことになり、途上国の自立の精神を涵養するという一面を持っている。欧米の原則無償の援助は、「人道」を前面に出しているものの、往々にして依存心を産んで、自立の精神を阻んでいるとも指摘されている。
◯政府主導による産業過保護政策の愚 ー 農林水産業、建設業
水産業の国営化提案
参加者から、
望ましい援助とは、”自立”と”持続”を促すためのものであるべきだ。
自立なくして支援はない。
日本の現状は過保護すぎる。
ほうっておけば良いのに世話をやいてしまう。
また、”援助”の考え方については、国ばかりでなく、人間観においても重要との指摘があった。
与える側の人間観を押し付けてしまう。
与えられるだけでは、自立できない。
負荷をかけて、辛抱し、飛び上がることができなければならない。
経済的に恵まれていることが、イコール”豊かさ”ではない。
日本人は貧しいが豊かに暮らしている。との記述がある。『東京に暮す―1928~1936 (岩波文庫)』 キャサリン・サンソム (著)
社会の価値観に対しては、メディアからの情報の影響が大きい。
エコ が”ケチ臭い”ではなく”スマート”なイメージへ転換。
大量消費 が悪いことに。
モノでステータスを競わない時代に。ー若者のクルマ離れ、消費を抑える生活スタイル。
経済成長はしないといけないのか?
経済成長を前提として構築してきた社会システムが現実としてある。
その社会システムが機能しなくなる。
社会インフラも同じく、経済成長あるいは人口増加を前提として計画されてきた。
豊かさの定義とは?
物質的豊かさ 対 心の豊かさ へ
フレーム(思考枠)を変える必要がある
社会教育、精神教育の欠如
社会性 ー道ー を持ち込む必要性
以上、私のメモから。